そとぼり神社巡り vol.1 ~外濠とともに歩む市谷亀岡八幡宮~

そとぼり神社巡り vol.1 ~外濠とともに歩む市谷亀岡八幡宮~
そとぼり神社巡り vol.1 ~外濠とともに歩む市谷亀岡八幡宮~
ライター:志村遥奈

こんにちは。神社大好き、志村遥奈です。

今回は「そとぼり神社巡り」と題しまして、外濠周辺にある神社についてご紹介しようと思います。

市谷亀岡八幡宮の由緒と歴史

市谷亀岡八幡宮の由緒

市谷亀岡八幡宮は、1479(文明11)年に太田道灌が市谷御門内に江戸城西方の守護神として鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を勧請したこと(請じ迎えること)に始まりました。その後、江戸時代になると1636(寛永13)年には外濠が完成しました。それと同時期に、市谷亀岡八幡宮はさらに外郭にある市谷の稲荷社地内(現在の市谷亀岡八幡宮)に遷座(せんざ)しました。

繰り返される悲劇と復興

江戸時代初期に現在の地に移った市谷亀岡八幡宮は、1725(享保10)年に青山から出火した火事に遭い、楼門や鐘楼、本殿が類焼してしまいました。しかし、その2年後の1727(享保12)年に再建工事が始められ、楼門が随身門、鐘楼が平棟になるなど形を少し変えて復興しました。

その後、明治、大正と時を経て昭和時代になると、1945(昭和20)年5月25日に空襲によって全焼し、本殿だけでなく神木も焼け落ちてしまったそうです。ここからの復興は江戸時代の火事の時よりも時間を要し、1962(昭和37)年、現在の社殿に再建されました。

そして、2度目の再建から17年後、1979(昭和54)年には、亀岡八幡宮五百年祭が無事に開催されました。

市谷亀岡八幡宮の由緒と歴史

”鶴”岡八幡宮と”亀”岡八幡宮

先ほどの市谷亀岡八幡宮の由緒でもお話しした通り、市谷亀岡八幡宮の起源は鎌倉の有名観光スポットである鶴岡八幡宮にあります。

市谷亀岡八幡宮の名称は、「鶴は千年、亀は万年」ということわざが由来となっており、起源が”鶴”岡八幡宮であったことからそれに対し”亀”岡八幡宮と称されました。

このことわざは、「長寿で、めでたいことのたとえ」を意味しており、神社が末永く繁栄することを願っていたのかもしれません。

江戸の名所「市ヶ谷八幡」

市谷亀岡八幡宮は江戸時代以来名所として多くの人々に親しまれていました。当時の境内にはたびたび芝居茶屋が置かれ、楊弓場がにぎわいを見せるなど、歓楽街の1つとされていました。

その様子が「江戸名所図会」や「名所江戸百景」などの名所案内記に描かれています。

市ヶ谷八幡(江戸名所図会)

市ヶ谷八幡(名所江戸百景)

最後に

今回ご紹介した市谷亀岡八幡宮は江戸時代以来名所として繁栄し、今も残る由緒ある神社でした。

このような神社は姿を変えながら今も東京に残っています。

今後も外濠周辺の神社を紹介していきますのでお楽しみに!

参考

市谷亀岡八幡宮:各社縁起・ご利益、市谷亀岡八幡宮縁起

http://www.ichigayahachiman.or.jp/engi/hachiman.html

国立国会図書館デジタルコレクション:江戸名所図会7巻.[11]、市谷八幡宮

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563390?tocOpened=1

国立国会図書館デジタルコレクション:名所江戸百景 市ヶ谷八幡

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312276

小池満紀子、池田芙美:広重TOKYO、講談社、2017

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