外濠ヤギプロジェクト報告01[後編]:ヤギ研究家 塚原正也さんインタビュー

外濠ヤギプロジェクト報告01[後編]:ヤギ研究家 塚原正也さんインタビュー
外濠ヤギプロジェクト報告01[後編]:ヤギ研究家 塚原正也さんインタビュー
ライター:高道昌志

インタビューの後半は、ヤギプロジェクトのメンバーに塚原さんを交えての座談会の様子をご紹介したいと思います。ヤギの生態が持つ魅力や外濠の植生、さらには生態系の循環など、外濠の持つ可能性について多岐にわたるお話を伺うことができましたので、ぜひご覧ください。

塚原さん(右下)とヤギプロジェクトのメンバー

ヤギ研究家・塚原正也さんインタビュー(後編)
実施日 2021年3月28日
インタビュイー 塚原正也さん
インタビュアー 岩佐明彦、松下純子、本郷寛和、柳川星、堀越義人、栗生はるか、高道昌志

ヤギと共生するということ

 高道―――とてもおもしろいお話をありがとうございました。先ほど、近年のヤギ除草が「ヤギと一体になっていない感じがする」というお話がありましたが、確かに私もそのように感じるときがあります。

ヤギの持つ可能性というのは、人間にとって便利であるという道具のような意味付けだけではなくて、たとえそこがグレーゾーンのような場所であったとしてもどんどん踏み込んでいってしまう、それによって人間が気づいてない価値や場所に光を当ててくれる、そういうある種の”野性”を教えてくれる存在でもあるように思います。

外濠ではぜひそういうところを考えてみたいなと思っていましたので、今日のお話は大変興味深く聞かせていただきました。

 塚原 ――― その時点で僕もちょっと救われた気がするんです。別に意地悪とかではないんですけど、僕は基本的にヤギ好きな人とちょっと相いれない部分がありまして。それはどういうことかと言うと、犬や猫を飼っているぐらいはまだいいんですけど、コレクション感覚で変わった動物を飼ったり、ふれあい動物園みたいなものに対しても、なんか違うなとずっと思っている部分があります。あと、そういった除草ビジネスに関しても、結局は刈払機の代わりにヤギを使っているだけというようにしか見えないんです。それはヤギでやりましたという成果だけの話であって。

 いや、そうではなくて、実際に行われる現場でヤギと共生していくというぐらいの考えが必要ではないかなということです。普段は牧場で保護しているヤギを、1か所に集団で送り込むという道具のような使い方よりも、むしろこの外濠のような人間は暮らせないけどヤギなら何とかなりそうというような土地があるので、そこに難民を受け入れるぐらいの覚悟でヤギを飼ってみるということだったら、それはもう抜群なのではないかと。

そこには軋轢みたいなものがたくさん生まれると思うんです。具体的に言うと、たとえば樹木がありますが、それが公共の街路樹みたいな扱いだとしても、ヤギはお構いなしにすべての樹木に害を成します。ヤギというのは本当になめてはいけなくて、植物だったら何でも破壊してしまうので(笑)。

 高道 ――― 外濠の土手には桜の木がたくさんあるのですが、ヤギは桜も食べるのですか?

 塚原 ――― だいたい食べますよ。毒だと言われているものも食べますから。

 高道 ――― それは葉っぱを食べるんですか、それとも木の皮を食べる?

 塚原 ――― どっちも食べるんです。まず、ここでちょっと説明しておかなければいけないのは、ヤギとヒツジはよく似た生き物なんです。原種に至って説明するとだいたい見た目は一緒みたいな。たくましい、山の上にいる、野生の、角の大きな草食動物みたいな、そういった位置付けなんです。

 でも、厳密に言うとヤギのほうが標高の高いエリアに住んでいた生き物で、特性が違うんです。今でいう飼育して毛を取るようなヒツジは家畜化が非常に進んでいまして、性質も従順性が高くておとなしいし、群れを逸脱したような行動はほとんどとりません。これに対してヤギはいまでも野性に近い特性を持っていて、それから食性も違います。ヒツジは地面から直接生えている草を食べるんですが、ヤギは木の枝葉を食べる生き物で、もちろん地面の草も食べますけど、食性が非常に広いんです。

 なので、木の葉っぱを好んで食べてしまうので、樹皮もずるむけにされます。本当に彫刻家が彫ったかのように樹皮だけなくなるので、木が枯れるんです。ですから、ヤギを放つときは、竹でも小枝でもいいんですけど、木にちょっとした鎧(よろい)をつけてあげる必要がありますので、そういった面倒くさい作業が出てきます。もう木がなくていい、草原でいいというなら簡単なんですけどね。逆に言えば、樹皮さえ守ってあげれば、葉っぱでも落ち葉でも食べますので、それだけで食事になるというメリットもあります。

ヤギは外濠の桜も食べてしまう?

 高道 ――― なるほど、ヤギの食性は本当に広いんですね。

 塚原 ――― はい。だから今も離島に放ったヤギが島の植生を破壊し続けているということが起こるわけです。小笠原とかあの周辺の無人島みたいなところにヤギがはびこってしまって、結局植生を全部食い尽くしてしまう。島は植物がなくなると大地が雨に直接触れてしまうので土壌流出が起きる。なので、年間で島の面積がちょっとずつ減っていくというようなことが起こっている。

 だから本当に気を付けなければいけないのは、ヤギはかわいらしい人間の伴侶であった家畜なんですけど、今でも侵略的外来種ワースト100に必ず入ってくる生き物でもあります。

 高道 ――― 侵略的外来種ワースト100とは、穏やかではないですね。

 塚原 ――― はい。猫も入っているんですけど、家猫は動物を食べる完全な肉食動物なので、小動物を獲り尽くしてしまうという恐れがある生き物ということになっていますし、ヤギに至ってはもう土地を破壊してしまうレベルの話ということですね。環境すら変えてしまうというぐらいの能力を持っているという意味では、おそらくヤギと人間がその代表格ではないでしょうか。

 日本では領土問題でもめてるような島にも実はヤギが結構残っていて、どんどん土壌流出が進んで島が小さくなっているという話を聞いています。ただ、近寄れなくてヤギが駆除できない。だから、ある意味では本当にパンドラの箱みたいな生き物なので、気を付けてください。

 松下 ――― 確かに、外濠の土壌流出は一大事です。

 塚原 ――― ただ、頭数を調整するなど、人の関与があればそういったことには絶対なりません。草の勢いよりヤギの勢いのほうが弱いぐらいに設定してあげれば、安定してシルバー人材センターを務めてくれます。

ヤギは芸術的脱柵者!

 塚原 ――― ところで僕は外濠のことを全然理解できていなくて、内濠みたいなに落ちたら上がれないようなものをイメージしていました。

 高道 ――― 環境としては近いと思います。

 塚原 ――― なんならその水を全部抜いてしまって、その土地が困ってるという話かなと思っていたんですけど、そうではなく、いわゆる水辺なわけですよね。

 高道 ――― はい、そうですね。

 塚原 ――― ヤギにとって水は死活問題なので、水を用意しなくてもよいという水辺の環境は非常に助かります。ただ土手の石垣のほうは注意が必要です。普通は絶対登らないと思うのですが、ヤギは飢えると上がってしまう可能性はありますし、その土手を越えると車道なわけですようね。そこがネックになるかなと。

 岩佐 ――― 空き地のような場所にヤギを放つ場合は紐でつなぐのですか。あるいは柵を設置して、そこから先に行けいないようにするのですか。

 塚原 ――― ベストは柵なんですけど、それでもおおよそすべての家畜の中で最も柵のクオリティを求められるのがヤギなんです。柵が壊れていることをいち早く見抜くことから、「芸術的脱柵者」という名前まで付けられているぐらいです。しかも外に出るだけならいいんですが、結構無茶をするので首が挟まって死んだりするケースが多いんです。なので、中途半端な柵は作れないというデメリットがあります。

 僕の場合は、そんな広くない範囲で除草をするので、いわゆる繋牧(けいぼく)というロープでつなぐというやり方をします。ただ、これはこれでリスキーな面もあって、特に斜面でやると首をくくって死んでしまう可能性があるので難しいです。あと、単一のロープだと半径の縛りで行動範囲が限られてしまいますし、その範囲にぐるぐる絡まるようなものがあるとそれもネックになります。だから、僕は「ライン係留」というのですが、1本のメインになるロープを長く張った上で、そこにリングをかけるという、また違うやり方をしています。

 岩佐 ――― それは見たことありますね。

 塚原 ――― これなら結構な範囲でもロープをつないだまま行動することができるんです。首から直接付けているリード、要するにメインのラインから自分の首までのあいだのロープだけ短ければ事故は少ないんです。

 岩佐 ――― そういうことなんですね。

 塚原 ――― ただ、ちょっと動けなくなったりするときがあるので、誰もが入っていけて、ちょっとほどいてあげたりといった感じで、多少は複数の人の目があったほうがいいかなと思います。

 岩佐 ――― なるほど、そうですよね。本当に業務としてそれを担う人だけではなくて、やっぱりそういう第三者のような人が関わっていけるような環境があって、みんながヤギを見守るというかたちがよさそうですね。

 塚原 ――― そうですね。もちろん物見遊山で来ている人もいれば、ちゃんと関わっているプロジェクトの人がいてもいいし、とにかく目線が多ければ多いほどヤギにとっても幸せだと思うので。

 高道 ――― ところで外濠の場合は、土手と道路との間に高低差が2メートルぐらいあって、その石垣の上に柵が掛けられているんですが、これは乗り越えられますかね。

 塚原 ――― ちょっとその構造をしっかり見てみないと分からないんですけど、おそらく外濠の環境であればわざわざ脱柵しないのではないかと思います。まあ、土手の桜は食べられてしまうかもしれませんけどね(笑)。

 あと気を付けたいのは、僕は行政造園をやっていたので分かるのですが、桜の管理などにはやっぱりレシピどおりの殺虫剤をまきますし、それから除草剤を使っていないかということもヤギを放つうえで問題になります。

 ただ、殺虫剤がかかってるからといってヤギが急に死ぬということはほぼほぼありません。むしろ、そういった時期はそのエリアは避けるとか、見ごろを終えてもう防除しなくてよくなったらそこをヤギのためのナチュラルゾーンにしてあげるとか、そういう工夫があるといいかもしれません。

 高道 ――― なるほど。そういう観点はおもしろいですね。

 塚原 ――― 柵に関しては、やはり2メートル以上あるので、これをわざわざ越えるヤギはよほどの才能がないと無理ではないかなと思います。1回家畜化されたヤギでもしばらくすると野良ヤギになる場合があるんですけど、そういったヤギだと上がってしまう可能性はあります。ただ、それなりに人間と接していて、ときどき人間の手からもエサをもらっているようなヤギだったら、そこまではしないでしょう。

野生化したヤギでもなければ外濠の柵は越えることはない

御濠の環境で注意すること

 高道 ――― ちなみにヤギは泳ぐんですか。対岸まで泳いでいってしまうようなことはあるんでしょうか。

 塚原 ――― ヤギはものすごく水を怖がる生き物というか、ただのきれい好きなんですけど、雨を嫌がる部分もあるんです。ただ、個体差もあって、うちにいたヤギなどは全然びしょ濡れでも草を食べてるみたいなタイプだったんですけど。定番のイメージでは、ヤギは水には入らないということになっているのですが、専門家が例の土壌流出の激しい島にヤギを捕獲しに行ったときに、海際に追い込んだんですよね。もう絶対ここまで追い込んだんだから捕まえられると思って網を広げたら、全員海を泳いで逃げたらしい(笑)。だから、ああいう動物はいざとなれば全部泳げるんですよ。だけど、この外濠には浅瀬がなさそうに見えますね。

 高道 ――― はい、まさにその通りで、中心部はかなり深いですね。

 塚原 ――― そうすると、溺死する可能性が絶対にあるなという。

 高道 ――― そうですか、それは気を付けた方がいいですね。

 松下 ――― やっぱり落っこちることもあり得るんですか。

 塚原 ――― ヤギにもどんくさいやつがいるので、やっぱり落ちる。

外濠の水面は思いのほか広く、そして場所によってはそれなりに深い

 高道 ――― 水際も気をつたほうがいいということですね。そうすると、この水際と道路に挟まれた範囲がヤギの生活範囲になりますが、外濠の新見附濠の土手くらいの面積だと、ヤギは何日ぐらいで食べてしまうんですか。

 塚原 ――― ヤギの種類にもよるんですけど、乳用種というヤギのミルクを搾るタイプのヤギがいるんですけど、そういったヤギは体が大きいんです。ヨーロッパ系の乳用種のヤギは体が大きいのでたくさん食べますけど、そういったヤギは今回のプロジェクトにはあまり適してないんです。なぜかというと、こうったヤギには投薬が必要になりますし、蚊に刺されると感染症で死んでしまう。

 そういったものに耐病性があるのが、東南アジアから台湾、日本の沖縄とか島嶼部、そういったところを渡ってきた、「在来種」と日本では言われているタイプのヤギなんです。小柄なんですが伝染病に強くて、そして線虫にも耐性があるので、薬はそんなにやらなくていいんです。だから、そういったヤギを想定すれば、この範囲で2~3頭飼えるんじゃないかな、という感じでは見ています。おそらく、2~3頭でこの範囲の草はひととおり食べ尽くしてしまうと思いますよ。

 松下 ――― そんなにカバーできちゃうんですか。

 塚原 ――― あと、季節の問題もあって、やっぱり冬は全然植物が生えてこないので、冬季の飼料をどうするかというのが結構問題になってくるんです。

 高道 ――― なるほど、ちなみに雑草の中にはヤギが食べてはいけない植種というのもあるんですか。

 塚原 ――― 大雑把に言うと雑草の半分は毒です。なので、それをヤギが判断できればいいんですけど、そうではない場合が多いので、一度敷地調査をしたほうがいいと思います。致命的な毒草が生えていれば撤去すればいいだけの話ですし、ゆるやかな、まあ、食べちゃだめとか言いながらも食べてしまうような、それでも体調を崩さないような範囲の毒草であればもう無視しても構わないと思いますし。あとは、人為的な植木のようなものが植わっているとまずいんです。

 高道 ――― 科学肥料なんかが問題になるんですか。

 塚原 ――― いや、それもありますけど、それ以前に、たとえば、日本庭園で使われているような樹種は基本的に獣害に遭いにくい、獣が勝手に食べたりしないような木が長い歴史をかけて選定されてきています。だから、いわゆる僕らが目にしているような街路樹の低木とかそういったものには毒があるんです。たとえば、花がきれいなツツジとかもそうですし、高速道路によく生えているキョウチクトウとかもそうですけど、あのあたりは大量に食べると死んでしまうくらいのレベルの毒なので、そういったゾーンをどうかわすかということが必要になります。

 高道 ――― ちなみにそういった体によくない草を食べてしまって、ヤギが体調を崩した場合は獣医さんにお願いするんですか。

 塚原 ――― 僕は自分でもぐりの獣医みたいなことをやっているのですが、やはり一般的には、そういった毒物を大量に摂取してしまったときには、いかに薄めて吐かせるか、どうやって体外に排泄させるかとかいうことが必要になってきますし、中毒した植物の成分を抑制する作用のある薬を投与するということが必要になってくるので、その面ではやっぱり獣医さんに見てもらうことになります。ただ、ヤギを診れる獣医さんというのは、ほぼほぼいないので。

 高道 ――― まずいですねそれは。

 塚原 ――― それが難関なんです。たとえば、牛の獣医さんはいっぱいいますが、ヤギはいない。特に都市部では。だから犬、猫は診れてもヤギを診れる人はほぼほぼいないんです。実はこれは田舎でも結構問題になっているんですよ、とっさに病気になったときにヤギの治療ができないと。なので、ヤギ界隈では基本的に飼い主がちゃんと勉強して、ある程度の応急処置ができるようになるというのがセオリーなわけです。

 ですけど、ヤギは基本的に強健です。本当にこんなに病気しないのかというぐらい病気しないですから、たくましい動物です。家畜化の歴史が非常に長いにもかかわらず、原形質をほぼほぼ失わずにここまで来ているわけですからね。

 犬などを見れば分かりますが、オオカミからチワワになるまで一体どれだけの改造があったのかということなんだと思います。ヒツジもだいぶ変わってしまっていますけど、有名なところでは猫とヤギは全然変わっていないんです。

ヤギがもたらす都市の野性

 高道 ――― 都内の某名門私立高校の格言で、「ひつじになるな、やぎになれ」みたいなのがありますよね。いまのお話を聞いていて、なるほどなあと思いました。

 塚原 ――― その格言ってどれだけ伝わっているんですか。

 高道 ――― 本質がね、一般の方に向けてどれぐらい伝わっているんですかね。

 塚原 ――― いや、何と言うか、もうどんどんヤギが浮世離れしてしまって、動物園にいるちょっと気持ち悪い動物でしょうと言われてしまうぐらい、遠い存在の生き物になってしまっているように感じます。

今日、ネットのニュースで見つけてちょっと驚愕したというか、もうネタなのではないかなと思ったんですけど、どこかで飼われているヤギがけんかしたり、頭突したりと、こんなふうにヤギはすごい攻撃的でやんちゃなのに、あのおっとりとした牛と同じ仲間だそうです、というニュースだったんです。思わず「ええ!」となってしまいました。いや、それはみんな知ってる、ウシ科なのは分かっている。同じ偶蹄類だというのが感覚的にみんな分かっているもというつもりで生きてきたのに、もうそんなことが通用しない時代になったんだなと思って、本当に衝撃を受けました。

 だから世間がみんなみんなヤギのことを好きなわけではない。ヤギの常識がどこまで通用するのか分からないですし、むしろ向こうが常識なのだとすれば、ヤギなんていうのはただのマニアックな謎の動物ということになってしまう。

 高道 ――― 現代の都市のように、すべてがシステムに則って動いているような状況において、ヤギのように人間がコントロールできない野性味のようなものが備わった生き物に触れることで、むしろ僕たち人間側に変化を求められていくような、そんな気付きが得られるのだろうなと思います。

いま都市で生活をしていると、そういうある種の自然や野生からの制約や働きかけを受けるという体験が本当に無くなってるような気がするのですが、それをヤギが与えてくれるとすれば、それはすごく貴重な体験になるのではないかとお話を聞いていて思いました。

 塚原 ――― そうですね、犬の飼育などは本当に制御がしっかりされていて、しつけもできてしまっている。一方で、猫なんかはむちゃくちゃなところもあるんですが、それでも許してしまうところが人間の優しさであり、また猫の戦略でもあると思うんです。それと同じようなことがヤギでもできるはずです。

 高道 ――― そこをうまく引き出していけるといいんだろうなと思います。

 塚原 ――― そうですね、ヤギがいると人間側が突き動かされるというか、どうしてもこっちが動かなきゃいけない状況が多々ありますので、それがはっきり言ったら煩わしさでもあるんですけど、そうではないですよね。意外とありがた迷惑ではなくて、逆に迷惑のようでありがたいというか、そういうレスポンスをくれてありがとうというか、なんか人間もそれでちょっと刺激をもらっている、そんな生き物だと思います。

 神戸のようなやや地方都市でもそうですし、むしろ東京ぐらい洗練されたところではなおさら、何と言うか、そういった感覚が抜け落ちていく中で、人間が動物だったことを思い出させてくれるような生き物がポーンと現れることで、もう一度人間性を取り戻せるのではないかなみたいな、そういった感覚はあるんですけどね。

ヤギが外濠の持つ自然の可能性をさらに引き出してくれるかもしれない

「地域ヤギ」から私たちが学べること

 高道 ――― 今回のヤギプロジェクトは、外濠市民塾に協力してくれている地元の高校生が提案してくれたのがきっかけなんですが、実際に外濠でヤギを飼うとなったら、高校の中にヤギ部を作って、地域のみんなでお世話をしようという話で盛り上がりました。

 塚原 ――― それはもう最高ですね。

 高道 ――― いまのお話は、提案してくれた高校生にそのままお伝えしたいなと思うぐらい感銘を受けました。教育的観点からもすごく大切なことだなと改めて実感しました。

 塚原 ――― そうですね、僕が常々思っているのは、ヤギのことを知ってほしいと思うときに、ヤギとは何だというより、動物とは何だということから始まって、生き物とは何だ、さらに言えば環境とは、自然とはということ。要はいまの世の中では分からなくなっている自然の営みや、そもそもどうあれば自然なのかとか、自然の循環はどうなっているのかとか、そういったものが濃縮されて、単体でモデルになれるぐらいの生き物だと思っているんです。

 僕らが食べれない、または要らない、なんなら燃えるゴミに入れて捨てているようなあの草を食べてエネルギーに変換することができて、なんならその中だけで自給して生きていけるという非常にコンパクトな自給自足的な生き物なので、本当におもしろいんです。それを高校ぐらいのときから感じてもらえれば、その後の進路なり人生なり、何かを残せるのではないかと。そういうのがヤギの役割なのではないかなというような多少の望みは残っていますね。

 高道 ――― ヤギは、人間が忘れてしまった野性味というか、それを取り戻すためのある種の伝道師みたいな存在ですね。

 塚原 ――― そうですね。僕も最近忙しいので普通に冷食ばかり食べたり、山のほうの現場だと食べ物を買いに行けないので、レトルトを持っていって食べたりしてますけど、そうしていると、どういったエネルギーがどう変換されてわれわれは生きているのかが分からなくなるんです。だからといって田舎に行って農業をしてみろとかそういうことではなくて、ごくごく身近な感じで最強の師匠になれる生き物が、ヤギなんだろうと思います。

 高道 ――― 私たちは「地域ヤギ」という概念を進めていきたいと思っていて、例えば先ほどの高校ヤギ部で飼ってもらった場合に、ときたま別の場所に出張して巡回したり、ヤギ自体も地域をいろいろめぐっていくというのがいいのかなと思っていました。そこでお伺いしたいのは、ヤギは頻繁に場所を変えたり、世話してくれる人が入れ替わったりすると、人見知りやストレスを感じてしまうことはあるんですか。

 塚原 ――― それはやり方なんです。たとえば、「この子のことはほかの人には任せられないわ」みたいに本当に溺愛してしまうと、もう僕のことしかなつかないみたいになってしまいます。それをいまの「シェアヤギ」のようなかたちで、単一の飼い主ではなくて複数の人たちがみんなで世話をすると、それはたまの1回だったとしても、みんな同じように人間たちは自分にはよくしてくれると理解できるので、そういったヤギは基本的にはよくなりますし。

 基本、ヤギというのは、先ほどの「やぎになれ」と言うぐらいですから、そんな神経質ではないんです。確かに野生っけがあるので、人間などに比べたらびくびくしている部分もありますけど、ちゃんと馴致しますから。車の音だって最初びっくりしていたのがもう全然へっちゃらになるし、なんならヤギのおもしろいところは、なぜか車に乗るのが好きなんです(笑)。なので、移動が非常に楽です。「行くで」と言ったら自分からもう勝手に走っていって、「ちょっと待て待て待て」という感じで車の荷台に飛びあがってきますから。

 松下 ――― かわいい(笑)。

 塚原 ――― もちろん初めて行った場所には戸惑うかもしれないですけど、ああ、こういう場所なんだと把握するまでに時間がそんなにかからないので、出張も全然楽しんで行けるはずです。1頭だけとか、ほかに慣れた人がまったくいないとかだとびっくりするかもしれないですけど、できれば2、3頭一緒だともう全然平気で、なんならそういうのを楽しみにしていると思います。

 松下 ――― お出かけが好きということですね。

 塚原 ――― はい。

 高道 ――― 本当におもしろいですね。今日はお話を伺って、実ははすごく大切なことをやろうとしていたんだということに気づかされました。本当にはじめてみてよかったなと思いましたね。

 塚原 ――― みなさんのプロジェクトはすごい未来があると思うんですよね。東京というのは、本当に関西から行くと特に思いますけど緑多いんですよね。

 高道 ――― 実はそうなんです。

 塚原 ――― あとは、草刈りしなければいけないような、管理しなければいけないような土地にヤギが共生することで、もっとおもしろいことになるのではないかと思います。そこらへんに生えている草もごみではないので、あれは資源なんです。畑に敷いていてもちゃんと土にかえっていくものなので。

ヤギは地域の身近な自然の価値を改めて教えてくれる存在?

都市から原野へ

 塚原 ――― 神戸は割と脱東京をしてきた人たちの集まりみたいなのところがあって、東京でバキバキに働いていた人とかがちょっと下ってきているエリアでもあるんです。だから、ちょっと都市部で失敗したことを、こっちではちょっと反省を踏まえて活動していこうということで、割とナチュラリスト的な発想がいろいろな活動のベースになっている感じがありました。

 高道 ――― 神戸市にはタワマン禁止条例みたいのもありましたね?

 塚原 ――― いやいや、そう言いましたけど、全然建っていますからね。なんならタワマン撤去条例ぐらい出してほしいですね。だって僕の家からランドマークであるポートタワーが見えたんですよ、最初、引っ越してきた当初は。今もうタワマンに囲まれて何も見えない。

 高道 ――― でも、試み自体はとても画期的なことだと思います。

 塚原 ――― そこだけは評価します。以前、市長とも直接しゃべったこともあるんですけど、割と自然が好きみたいで、なんかそういった本も書かれている方なので。でも、どこまでうまくいくか分からないんですけどね。やっぱり行政という立場上、そんな簡単にナチュラリストにコロっと変わるというわけにはいかないので。でも、東京と違って神戸はもう滅びていく運命が決定している土地なので、その滅びることを認めようよと思っているんですけど、僕は。

 松下 ――― 認めた途端にヤギとかが住みやすくなりそう。

 塚原 ――― そうそうそう。だから、僕はファーマーズマーケットに出店している農家さんの中で最も都市部の農家だったんですけど、そういったエリアでも、たとえば、ピンポイントでちょっとレストランが欲しい作物を作れば買ってくれる人がいるとか、僕が全然ビジネスに興味がないから途中で面倒くさくなってしまうだけなんだけど、ちゃんとニーズはあるんですよね。

 だから、そういう都市部でありながら土地の価格が下落しているエリアは、有効に使えそうな空き地が増えていく。最近は、まちづくりの人も結構いろいろあれこれやってくれているんですけど、こっちは震災の経験があるエリアだから余計に、震災が起きたときに煮炊きや備えをするための防災空地に変わることが多い。

 でも、それは非常に普段使いづらくて、ただの不毛の土地が増えていくということもある。僕はもう全部空き地でいいのではないかとも思っていて、草が生えるままにしておいても、そこにヤギが何頭かいれば全部収まっていくんだよということをずっと言っているんですけど、なかなかにそれに飛びついてくれる人はいないのが現状です。

 松下 ――― それは市長には伝わっているんですか。

 塚原 ――― いやいや、そこまでは行っていないですよ。市長もたぶんしがらみで大変なんでしょうね。ただ、これだけ空き地が増えてしまったのだから、どんどん山や野に返していかなければいけない。人間が今まで奪ってきたものを返していくというフェーズなんだと思います。それでも藪にしたくないということだったら、ヤギと一緒に暮らしていればよいということなので。

 松下 ――― そうですね、本当に。

 塚原 ――― その神戸の公共施設も敷地が非常に多くて草刈りが大変なんですけど、ヤギを貸し出すことでかなり作業軽減になっていたらしいです。まあ、なんとでもできるんですよね。要は分かる人が行って、植物を見て毒があるやつがなければそのままやりますみたいな感じで、本来は全然いけるはずなんです。

 あとは、周りで管理してくる人次第という感じですね。その関わってくれる人たちがヤギにどれだけ頻繁に会いに行けるのかということにかかってくると思います。ヤギは放置していても自活できるんですけど、やっぱりふとしたすきに死んでしまったりすることもありますし、何よりやっぱり人間が関与していると、ヤギに深く愛しているよということを分かってもらえるので、ある程度多くの人と、多くの頻度でヤギと会うことが大切だと思います。そして、会話でも何でもいいんですが、そういったスキンシップを取ることがヤギの幸せにもなると思うので、そういったことができたらいいなと思います。

 今回のプロジェクト、なんだかわくわくしてきました。東京の外濠で本当にヤギを飼えたらめっちゃ最高だなと思っています。

生態系の循環を目指して

 塚原 ――― ちょっと手間はかかるんですけど、たとえば、木の保護や樹皮の保護にしても、どこか東京近郊で竹藪を持て余している農家さんや、竹藪が荒れて仕方がないというところへに行って、それをきっちり整理してくる。そして、そのとき伐採した竹はいくらでも資源になるので、それを全部束ねて桜の木の防具にしてしまえば材料費はただになります、そういったこともできるはずです。            

 柳川 ――― 先ほど「食べているものが毒か毒じゃないかというのを調べれば分かります」とおっしゃいましたが、それは業者さんにお願いするんでしょうか。

 塚原 ――― 普通にネットで「ヤギ、毒草」とかで調べたら、まとめてくれているサイトもありますよ。

 柳川 ――― なるほど。それで、生えているのを見るという感じですか?

 塚原 ――― そうですね。ただ、それを見たところで、見分けるのが難しかったりします。意外と草は分かりにくい、全員同じような緑ですから。それから、関東の植生と関西の植生でまた違うので、僕だって東京に行って一発で分かるわけでもないと思うので、分からない植物を徹底的に全部調べていったほうがいいかもしれません。たとえば、外濠の植生を研究している人とかはいないんですかね。

 本郷 ――― 植物系ですか、、

 塚原 ――― 直物系とか、あとは昆虫であるとか、魚類の研究をしている人。

 高道 ――― あんまり聞いたことないですね。いや、過去に一度、食べられる野草の研究をされている方が外濠に視察にこられたことがあって、そのとき分かったのが、数十種類くらい食べられる野草があるということでした。

実は多様な食性が見られる外濠の環境

 塚原 ――― そうなんですね。でもそれはもったいないですね。僕はここもビオトープにできるのではないかと思っていて、もし浅瀬があればそこに湿地帯を作ることもできます。湿地帯があれば生物多様性が非常に増幅されるので、それはすごくおもしろい。ただ、ヤギは湿地があまり好きではないのですが。

 高道 ――― 外濠は国の史跡になっていますし、また権利関係が複雑な部分もあります。そういう意味では、たとえ意味のあるおもしろい取り組みであっても、なかなか市民や行政の理解を得るのが難しいというところは悩ましい問題です。

 塚原 ――― なるほど。でも、本当は市民活動というのはゲリラ的にやるべきなんです。行政に許可なんかを取るべきではないと思うんです(笑)

 高道 ――― 観光協会の方が聞いていますけど、大丈夫ですか。
 
 本郷 ――― 観光協会ですが、聴こえてないです。大丈夫です(笑)。

 塚原 ――― 世の中よくなっていくのに、ブラックもグレーもないと思う。ちなみに、外濠って川ではない、流れてないということですよね。

 本郷 ――― 今は流れずに、ほとんど滞留しています。

 塚原 ――― 池みたいなことですね、じゃあ。

 本郷 ――― 実情としてはそのほうが近いかもしれません。

 松下 ――― でも下水は流れ込んでいると?

 塚原 ――― ええっ、東京でも無整備の下水みたいなことがあるんですか。

 高道 ――― いや、無整備ということではなくて、割と古い設備である合流式下水という仕組みがいまでも一部残っているんです。合流式下水は要するに管が細くて、大雨が降ったときは雨水と下水を一緒に流して処理するという方式なんです。だから、普段は全然流れていないんですけど、大雨が降ってしまうと雨水と一緒に汚水も流れてくるという。

 塚原 ――― その量にもよりますけど、それは本来の自然の流れで、どんな清流にもタヌキの糞は流れてくるので、ある程度は仕方がないことだと思うんですけど、だからこそビオトープがあれば生分解性も増えるし、加速すると思うんです。

 東京近郊にいくらでも湿地系の研究者の方もいそうな気がするので、そういった人を交えながら湿地を再現して、そういったことも含めながら活用していく。何と言うか、誰がどう見てもこれはいいことだからだめと言えない、というところまで持っていけないかと思いますね。

 高道 ――― 湿地帯はまさに陸と水の中間領域というか。でも、そこが一番生物を涵養する場所でもあるんですよね。

 塚原 ――― 外濠の水際の地形は、どうしても石垣で隔たれてしまうというか、ただの池みたいな感じになってしまうので、そこはもったいない部分であるなと思うし、たとえヤギが水面以外の部分を管理したとしても、じゃあ水面自体はどうなるんだ、みたいな問題はありますからね。要は、オーバーフローして出てくる下水の有機物を上回る速度で生物がちゃんと循環していれば、天然の比較的クリーンな下水処理場になるのではないかと思うんです。

 高道 ――― 確かに、そうですね。下水というのは常に上流から下流へ速やかに流すべきものと思いがちですけど、ある量を超えなければ自然のサイクルの中でちゃんと処理されるということですよね。

 塚原 ――― そうですそうです。だってもう人間以外の生き物だけだったらそれで成り立っているのが自然界なので。本来そういうものだし、僕らにとっては糞(くそ)でも、それが別の生き物にとってはごちそうなので。

 高道 ――― まさに。

 塚原 ――― そういったうんこの立場の改善というのもいいんじゃないですか。

 松下 ――― うんこで(笑)。

 塚原 ――― だから雑草も資源と言いましたけど、草はごみではないし、うんこもごみではないんですよ、本来は。ただ、これだけ人口が肥大してしまっている東京都で、うんこはごみではないですと言ったら、じゃあおまえ何とかしろと言われても困りますから、さすがにそれは無理ですけど。本来、分解可能な有機物であるということをもう一度再認識してもいいかと。

 高道 ――― なるほど、最後は有機物の循環から排泄物の話まで、非常に踏み込んだところま了で議論が及びましたね。今日いただいたお話を栄養にしながら、このプロジェクトを今後も進めていければと思いますので、ぜひまたアドバイスとお力を貸していただければ幸いです。それでは、本日はありがとうございました。(了)

ヤギ研究家:塚原正也さん
北海道での農業経験から人生が一変。「百姓とは百の仕事」をモットーに、毎年仕事が変わるほど流され続ける人生を歩んでいる山羊研究家。都会で農家→空き地の除草→なぜか建築。元山羊チーズ職人、人工授精師(山羊)。

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